5・そして決戦のとき





「ああ、2年振りか。ここに戻ってくるのは  」

荷馬車はザールブルグへと向かっている。漆黒の髪と鋭い目つきの男性はそうつぶやきなが
ら、なつかしい街へと向かっていた。そう、2年振りに・・・



「エルフィール、あなた今まで何してたのよ 」
「ゲホゲホっ、何って?」
「それを聞いてるんじゃない!この大切な日まで何してたって聞いてるのよ」

ザールブルグの職人通り、そこにある赤いトンガリ屋根のお店からいつものように楽しい騒ぎ
声が聞こえてくる。オマケとして煙りもネ。

「あーっ、もうっ!始まっちゃうじゃないの、バカエルフィールっ」
「アイゼル〜そんな声あげないでよお・・・ノルディスと行けばいいじゃない」

「な、何言ってるの!
当たり前でしょ、でも一応あなたも誘ってあげるって言ってるのよ。人の厚意をありがたく受け
取りなさいッ」
「わああ」
アイゼルに強引とも言うべき方法で工房から連れ出されたエルフィール。  

今日は12月28日。ザールブルグのメインイベント、武闘大会の日である。
今年の有力候補はもちろんダグラス・マクレイン。しかしその背後からは優勝したフェズ・メナ
ーテが迫ってきている。

エルフィールは不安を胸に抱きつつ、会場へと走りだした。

「隊長、頑張ってくださいねッ」
相変わらずの金髪君は一足先にダグラスと会場にいた。
「大丈夫、負けるかって」
ダグラスは剣の調子を見て言った。

「あんな若い奴に・・・俺が負けるはずないだろ」

すると、むこうから女の子をキャーキャー言わせて歩いてくる陰が見えた。
「隊長、お早うございます」
「フェズ、か・・・」
「今回も一緒に戦えるといいですね」
ダグラスは不敵な笑みを浮かべて言った。

「そうだな」

会場に着いたエルフィールたちはパンフレットをもらって驚いた。
「今年、ハレッシュさん出ないの 」
「そうみたいだよ、なんでだろうね」
「・・・・・」

エルフィールだけはその理由を知っていた。ハレッシュさんはフレアさんに止められたのだ。
『お願い、辛い思いはしたくないから』と。
だからハレッシュさんは武闘大会に出るのをやめた。こけからはフレアだけのために  と言っ
て。

「私、何か買ってこようか」
そう言って席を立ったエルフィールは、ドアを開けて、ふと受付を見た。そこには一年前とは違
う、キリッとした横顔のダグラスが立っていた。なにやら後輩と話をしているようだ。

「ダグラス・・・」

その姿をじっと見つめるエルフィールに気が付いたのだろう。ダグラスもエルフィールを見た。
そしてゆっくりとエルフィールに近づく。

「あの・・・がんばってね」
「おう」
「それと・・・無理しないでね」
「おう」
「ええと・・・」
 
言葉に詰まったエルフィールにダグラスが言った。

「おまえと会ってもう6年か・・・にしてもホントに立派な錬金術士になったな、エルフィール。来年
の3月に名誉賞の授与式があるそうじゃないか・・・。」
「うん・・・ダグラスもやっと隊長らしくなってきたね。今ではもう立派な・・・うん。」

ダグラス話を、なんとなく不安でうつむくエルフィールをただじっと見守った。

あの日、俺は決めたんだ。この戦いで負けたとしても勝ったとしても俺は一生エルフィールを守
り続けるって。
だから  だから・・・

「エルフィール」
まじめな声で名前を呼ばれ、エルフィールはハッと我に返った。

ずっと信じてきたこの声  この声を聞けなくなるのはいやだ。ダグラスのそばにいたい・・・でも
それは何なの?友情?仲間?それとも   
エルフィールは胸の中でその答えが出せずにいた。6年たった今でも分からない。この気持ち
が何なのか、このダグラスに対する思いは何なのか。その答えをダグラスはとうに知っている
ような気がして  

でも怖くて言えなくて、聞けない・・・壊れてしまいそうだったから。

「エルフィール、俺、この戦いで勝ってみせるよ」
「うん、うん・・・」
「それでもし  勝ったら・・・」
「ん?」
ダグラスはエルフィールの目を見て言った。
「お前とずっと一緒にいても・・・いいか?」

それは明らかにいままでの『仲間』や『友情』としての意味ではなかった。エルフィールは気づい
ていたはず。フラウ・シュトライトをダグラスとともに倒した、あの日から  

「武闘大会出場者の皆さんはこちらに集まってくださーい」
二人を遮るように受付の声がした。
「じゃあな、エルフィール。しっかり見てろよ」
ダグラスはいつもの明るい声で言った。
「うん・・・うん、見てるよ!」
エルフィールもいつも通りの通る声で叫んだ。

そして  武闘大会が始まった。
 エルフィールの気持ちを聞くためにも俺は勝たなくては・・・

 ダグラスのこと、どう思ってたのかよく分かった気がするの・・・もしかして・・

時間はだんだんと過ぎていってしまう。
運命のあの時間までもう少し・・・もう少し。
互いに不安を抱えている。見えない未来、よみがえる過去。でも過去に戻るわけにはいかな
い。戻ったらそれは負けを意味するから。

自分のために、ザールブルグの人々のために、そして何よりあいつのために俺は未来を突き
進んで行かなくてはいけないのだ  


『お前なんかが錬金術士だとお 』
『お前とは何よお!私だって憧れのマルローネさんに近づくために・・・』
『あー、ムリムリ。あきらめたほうがいいぜ』
  
会ったころはケンカばっかり。

『何で俺がお前何かの護衛をしなくちゃいけないんだよ』
『やっとお守りから解放されたって感じ』
『ったくお前って奴は俺がいなきゃなんもできないんだな!』
    
 最初は何よこの男、って思った。

『え?できないって?ああそうかよ、もうお前には頼まねえよ』

そう言われるのが嫌で一生懸命作ったアイテムも

『何だコレ?こんなの使い物にならねえな』
  なんて言われたりして。
  もちろん何度も何度も傷つけられたけど
  一番心の支えになってくれてたのもダグラスだった。

『俺、フラウ・シュトライトを倒したこの力でエンデルク様も倒して見せるぜ』
  って大口をたたいたわりにはあっさり負けちゃって。
  落ち込んでるのかと思いきやもう立ち直ってたりして。
  そんなダグラスの性格、よくわかんなかった。

  でもね、今なら言える。分かる気がする。

ダグラスは私にとって大切な人。どうして今まで気が付かなかったんだろう。
マルローネさんを必死に追いかけて錬金術士になろうとした。『賢者の石』を作ることに精一杯
だった。とにかく先生の期待にこたえられるよう頑張った。

だけど頂点が見え始めるにつれてだんだん何かが足りないのに気が付いて・・・それが何だっ
たか知っているようで気づかないフリをしてきた。いつも守られていたから。大切なあの人にず
っと守られてきたから。気づくのが怖くて・・・怖くて・・・。

「エルフィール、あなたぼうっとしてるけど平気?もう準決勝よ」
アイゼルに突然話しかけられてエルフィールはハッとした。
「うん、平気・・・ちょっと考え事してただけだよ」
するとアイゼルは心配した顔でエルフィールを見た。

「・・・不安?ダグラスさんが勝つか負けるか」

エルフィールは思いがけないアイゼルの言葉に戸惑った。
「不安・・・だけど信じてる。ダグラスなら勝ってくれるよ」
「そう・・・ね」
でも・・・でもやっぱり我慢できない・・・!
エルフィールは突然席から立ち上がった。
「ちょ、ちょっとエルフィール あなたどこ行くのよ」
「ごめん、すぐ戻るから!」
信じてるけど、もし、もしもダグラスがこの戦いで死ぬなんて事になったら!

「ダグラぁぁス!!!」

不謹慎だと思う。出場者みんなが緊張している中でダグラスの名前だけを叫ぶのは。
だけどいても立ってもいられなくなったのだ。

ダグラスはそんなエルフィールの声を聞いた。まさか、聞き間違いでは・・・?しかしエルフィー
ルはそこにいた。あっけに取られている出場者を目の前に立っていたのだ。

「おいどうした・・・?」
エルフィールはうつむいたままだ。
「エルフィール・・・」
ダグラスが名前を呼んだ瞬間  

「ダグラス・・・」
「!!!」

エルフィールはダグラスの胸にしがみついた。
「お願い・・・」
「どうしたよ?」

するとエルフィールは涙目でダグラスの顔を見た。
「勝たなくてもいい、負けてもいいから・・・私の前からいなくならないで・・・」
それは勇気ある一言だった。いつかディオさんが言ってたもの。

『冒険者や武芸を極める者にとっては武闘大会がチャンスだからな』

しかもダグラスはザールブルグが誇る聖騎士団の隊長である。隊長として、頂点に立つものと
して優勝を得るのは当たり前とも言うべきこと。だが今のエルフィールにとってそんなことはどう
でもいいのだ。

「私、ダグラスが・・・ダグラスのことが・・・」
「エルフィール・・・」
しかしその先に言う言葉を言えないまま、ダグラスは呼ばれて行ってしまった。一人残されたエ
ルフィールはその場に残ったダグラスの余韻とも言うべき香りを涙しながら感じてい
た。








          いよいよ次で最終回!!      ココまで来て帰るのか〜



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