4・強い想い





雨の降るザールブルグの中、エルフィールはアカデミーにいた。
ほうれんそうが足りなくなったのだ。ついでに図書館にも行こうと思ったしアイゼルやノルディス
たちと少し話がしたい。もう年末だしね。

「あ、エリーさん、おはよう」
「ルイーゼさん、おはようございます」
「あらエルフィール、朝から熱心ね」

げっ、イングリド先生・・・

「あら。なにか不満だったかしら?私がここにいちゃいけない?」
「えっ はい。あ、いいえ!イングリド先生、あのブレンド調合について質問が」
「質問?じゃあ部屋にいらっしゃい。全部用事を終えてからよ」
「は、はいっ」

部屋へと戻るイングリド先生を見送ってから、エルフィールはほうれんそうを50束買いこんで、
そのまま図書館に行き、ドルニエ校長の『秘密のお・部・屋 』に入って難しい本を読み終えた。

「ふう・・・さ、行かなきゃ。校長先生、ありがとうございました」
するとドルニエ校長は書き物をやめて、細い目をエルフィールに向け、にっこりほほ笑んだ。
図書館の隅から続いているドルニエ校長の『秘密のお・部・屋 』はエルフィールが3年目にし
てようやく見つけた階段であった。それ以来だれに気づかれもせずここを行き来している。アカ
デミーの生徒で知っているのはエルフィールだけらしい。あとマルローネさん。

(どうしてみんな気が付かないんだろー)

エルフィールは前々から不思議に思ってるのだ。それともそこまで学力が追いついていないの
だろうか。でもノルディスやアイゼルは行く資格、あると思うなあ。なんてったって私よりも早く図
書館に入れてたんだから。

エルフィールは図書館から出て寮の方に向かった。
こっちはアカデミー生と先生たちの部屋があるところだ。

「ええと・・・イ、ング、リド・・・」
ドアにつけられた表札を読んでエルフィールはノックした。中からイングリド先生の声が響いて
エルフィールは礼をして中に入った。


と、そのころ聖騎士団では   
「ダグラス様、大丈夫ですか 」
聖騎士団隊長のダグラスを金髪の騎士が不安そうに見守っていた。
「なあに、こんな傷くらいしょっちゅう受けてるって。大丈夫だ」
「いえ・・・そうではなくて、ですね・・・」

ダグラスは金髪の騎士にいぶかしげな顔をする。
「もしかしてあの・・・新しく入る奴のこと気にしてんのか?武闘大会の」
「し、知ってるんですか ダグラス様」
「だからダグラス様はやめろって・・・」

すると金髪の騎士は不安そうにうつむいた。

「武闘大会でのこと・・・でもあれは相手が悪いんですよ、ダグラス様が悪いわけでは。あっ、僕
見ましたよ。あの・・・なんでしたっけ、錬金術士の、エ・・・エリーなんとかって人が隊長に呼びか
けたからそのスキに相手がダグラス様を・・・」
と、ダグラスが金髪の騎士をジロッと睨みつけた。

「エルフィールのことを悪く言うんじゃねえ。」

ダグラスのものすごい剣幕に金髪の騎士は少し後ずさりをして言った。
「す、すみません。ダグラス様のことが心配だったもので・・・」
「・・・心配されるほどヤワじゃねえよ。ほら、はやく王室に行け」
「はっ、はいっ!」

「エルフィール・・・」
朝のことがまだ気掛かりだった。本来ならば自分の性格上すぐにでも工房に行って事実を確
かめるのだが、今回ばかりは確かめるのが怖い。
聞き出したら何か別の真実を聞きそうで嫌なのだ。
それが自分の考えていることと正反対のことであったとしてもエルフィールから話してくれるまで
は聞き出したくないのだ。

(あいつは俺のこと、ただの友達だと思っているんだろう・・・だったらあえて言う必要はないって
思うかもしれない。だけど俺にしてみればあいつは―)
ダグラスはこぶしを握り締めた。

「あいつは俺が守ってやりたいんだ  」

その声はだれにも聞こえなかっただろう。王室のドアの前でうつむくダグラスの姿も、そのため
息の正体もだれも知ることは出来ない  



  †

「ありがとうございましたあ」

エルフィールは礼をしてイングリド先生の部屋を出た。
「ふう、なんだか長くなっちゃったよお・・・。
早くお城にいっって昨日のこと謝らなくちゃ。・・・といってもダグラスなら気にしてないかもね」

重たい50束のほうれんそうと、先生に借りた本を抱えて工房に戻る。そして職人どおりにさしか
かったころ、エルフィールはあるウワサを聞いた。

『ねえ奥様知ってます?』
『え、なんですの。知りませんわ』
『お城のダグラス隊長だったかしら。あの人、今月中に引退するそうよ』

(え・・・?)
『まあ、たったの一年で?』

(何のこと・・・?)
エルフィールは不意に歩くのを止め、その奥様たちのところに行こうとした。
「あの・・・」
「エリー、ここにいたのかい」
呼びかけたそのとき、エルフィールに話しかけてきたのはフェズだった。

「フェズちゃん・・・」
「エリー、お城の場所知ってる?僕、よく覚えてないんだ」

(お城・・・)

信じたくない、信じられない。だってダグラスは曲がったことが大嫌いだもの。そんな簡単にや
めちゃうはずないもの。何かの間違いよね・・・ダグラス?

エルフィールは必死にプラスに考えようとした。そう、この教えもダグラスから言われたこと。ア
カデミーの成績が芳しくなくて落ち込んでたときにダグラスに言われた言葉。

『どーしてオメーはいっつもそうマイナス思考なんだよ。いいか物事は全てプラスに行くようにで
きてんだからよ、お前もそれに沿って考えろ!』

だからエルフィールはここまでやってこれた。ダグラスの後ろ盾があったから。なのに、なのに
   

「エリー?どうしたの、ぼおっとして」
「・・・お、お城の場所はここからずっと真っすぐよ・・・じゃあねッ」
「あっ、エリー?どこ行くの?」
たずねている質問が聞こえなくなるまでエルフィールは走った。

(今度こそ、私が力になってあげなきゃ・・・)

『エンデルク様、俺、立派にザールブルグを守ってみせます!』
別れのとき、ダグラスがエンデルク様にキッパリ言い放ったこの言葉。私はそのとき感じた。ダ
グラスならやれるって・・・。ダグラスならザールブルグを守れるって・・・。

だから私は今までダグラスについてきたの。友達として、かけがえのない仲間として  


「傷は大丈夫ですか?」
「何か自分が出来ることはありますか?」
「何か持ってきますか?」

騎士団の連中がしょっちゅうダグラスの部屋をノックした。そんなに心配しなくても全然平気な
んだけど・・・しかし待っても待ってもエルフィールは来ない。

「当然か・・・」
ノックされる度に期待をしてしまうのだがそれを何度も裏切られるとその思いさえ胸の中から消
えて行く。

エルフィールはあの男のことをどう思っているのだろう。
嫌い?
何とも思ってない?
それとも
  
好き?

いや、エルフィールの気持ちを聞くまではそんなこと勝手に考えちゃいけない・・・
 フラウ・シュトライトを倒すまでは、エルフィールのことを

『ただのぼーっとした錬金術士』
とだけしか見れなかった。

採取に行くときだってすぐに倒れちまうし攻撃力も小せえし、鎧だって大したもんつけてないし。

「これじゃあすぐに挫折するな」

ダグラスから見たらエルフィールはそんな存在だった。だがあの強敵、フラウ・シュトライトを倒
すとき、決め手になったのはエルフィールの作った効力Aの双魚扇だった。

あれを使ったおかげで自分やユーリカの闘いも楽になったのだ。エルフィールが何日も工房に
閉じこもってあのアイテムを効力Aになるまで作り続け、自分と何日か後に会ったときにはもう
ヘトヘトだった。フラウ・シュトライトを倒せたのは半分あいつのおかげだ。

それなのに俺は自分が強くなったような錯覚を持ってた。エンデルク隊長にも勝てるって自信
をつけてしまった。だが今年の武闘大会で思い知らされた。

俺は本当の強さをまだ身につけていない。誰かを本気で守ろうとしていないのかもしれない。だ
からエルフィールに伝えなければ。自分がどれだけあいつを想っているか。

エルフィールは笑うかもしれない、冗談だって言うかもしれない。だけど伝えるんだ。

コンコン

ダグラスがそんな決心を固めたとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「また騎士かあ?」
なんだか間の抜ける思いでダグラスはドアを開けた  

その時。

「駄目よッ、ダグラスぅぅ」
すっとんきょうな声がしたと思ったら、何とその声の主はエルフィールであった。

「えっ、エルフィール 」
ダグラスも声をひっくりかえして叫ぶ。
「だめよダグラス!そんな・・・そんなだめっ」
「えっ?」

何が駄目なんだろう・・・なにかいけないことしたかな・・・

「エンデルク様に言ったじゃない、約束したじゃない!ザールブルグを守るって」
「そ、そりゃあ約束はしたけどよ・・・何が駄目なんだ?」
「だから・・・だからザールブルグから出て行くなんて言わないで!ダグラスは今のままでい
て!」
「おいエルフィール・・・」
「お願い!」
「エルフィール・・・?」
「引退するなんて言わないで!」
「い、引退 」
エルフィールの口から出た意外な言葉に驚くダグラス。
「おいちょっと待てよ、いつ誰がそんなこと言ったんだよ」

「・・・・・・え?」
やっと落ち着きを取り戻したエルフィールが半泣きの顔でダグラスを見た。
「ダグラスが言ったんじゃないの・・・?」
「言ってないけど」
すると、途端にエルフィールはダグラスに抱きついた。
「よかったあ!・・・もう、どうしようかと思っちゃったよお。」

「エ、エルフィール・・・」

ダグラスはエルフィールに抱きつかれたまま行き場のない手に困っていた。
「じゃあ続けるんだね、このまま聖騎士団の隊長をやるんだね!」
「あ、あったり前じゃないかよ!お前、そんなウワサ話しなんか信じてたのか?バ、バッカでえ」

エルフィールは抱きついていた手をほどいてダグラスの目をじっと見た。
「ホントだね?もう・・・くじけたりなんかしないでね?」
「してねーよ・・・バカ」
ダグラスは少しだけ笑ってエルフィールの頭をぽんぽんと軽くたたいた。

「エルフィール、来年の武闘大会は勝ってみせるからな」
「・・・うん」

でもホントは勝ち負けなんてどうでもいい。俺がエルフィールをずっと守ってやれれば  それで
いい。エルフィールは受け止めてくれるだろうか。俺の気持ちを・・・。

「じゃあ、私、帰るね・・・お店の方あけなきゃいけないし・・・」
「お、おう」
エルフィールの背中を見ながらダグラスは思った。
(エルフィールのために勝つ)と・・・







               どんどん行っちゃう       もうイヤだ。



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